【三川町町長】阿部誠(あべせい)さん~『みかわはよいとこだらけ!!』町を愛して66年。町長から語られる三川町の魅力〜

こんにちは。
家族4人、山形暮らしをはじめました。伊藤 秀和(@hidecch999です。

日本の国政選挙の投票率は約55%。

その中でも20代の国政選挙への投票率は35%と過半数を割っている状況。

自分が住んでいる自治体のトップに親近感をもち、行政を身近に感じることができれば、もっと行政への関わり方も変わってくるのではと感じることは多い。

出典:総務省HP
衆議院議員総選挙における年代別投票率の推移
(http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/sonota/nendaibetu/)

出典:総務省HP参議院議員総選挙における年代別投票率の推移(http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/sonota/nendaibetu/)

 

町のトップである町長。

私が住んでいる三川町でも、私自身なかなか直接面と向かってお話することはありませんでした。

その人柄からか、役場へ来た事業者さんたちがよく町長室へ足を運んでご挨拶しているのを見かけることもしばしば。

講演会では町のことや産業について話を伺ったりはするものの、町長個人のプライベートば部分やこれまでの歴史はまだまだ知らないことも多い。

秋の芋煮会ではグラウンドゴルフを行い、ダントツの1位だった町長。

私の役場の席から扉を挟んで10メートル足らず。

めちゃめちゃ気になる町長の人柄。

と、いうことで今回のミカワビトは三川町町長・阿部誠さんにインタビューさせて頂きました!!

この記事では、私のようにまだこちらに移住してきたばかりで、町長のこと・町のことをあまりよくわからない人が町長やを知るきっかけになる記事です。

それではどうぞ~~!!!

ミカワビト

阿部誠(あべせい)さんってどんな人?

1952年三川町生まれ。

農家の家庭で二つ下の妹、五つ下の弟をもつ三人兄弟の兄として三川町で育つ。

学生時代の多くを三川町で過ごし、高校は藤島にある庄内農業高校へ。

中学校、高校はバレーボール部に所属し、スポーツ漬けの毎日。

その傍らでは、学業も農業高校、家業も農業ということで、常に生活の一部に農業がある環境で過ごしてきた。

高校を卒業のタイミングで、日本の農業を学びに茨城の農業の専門学校・鯉淵学園に進学。

当時は沖縄返還前で、学生運動なども盛んな時期。

そこでは、全国各地から様々な人種の人が集う全寮生活で濃い人付き合いの中、多くの人に出逢い多様な価値観に触れた。

そうした中で、人との出逢いや、人とのコミュニケーションの大事さを実感することになる。

24歳には結婚し、一年後に長男を授かる。

長男出産から三年後長女、さらにその三年後には次女が生まれ、子どもを三人もつ父親となる。

新卒で入った農業機械の販売メーカーの民間企業で8年間営業として過ごしたのち、父親から事業を継承していきたい思いを聞き、30歳のときに家業である農家を継ぐことに。

仕事である農業とは別で三人の子どもを持つ父親として、当時のお母さん方が主体となって学校行事などを運営してきたPTAとしても活動。

子育てをするようになり、まわりのお母さん方の話を聞くうちに、子育て・教育・農業に関する町の課題をどうにかしたいと思うようになる。

42歳のときに、三川町議員に出馬して見事当選。

その当時は田田の温泉の営業がはじまって約5年。

周辺開発である「いろり火の里の開発事業」がスタートし、町も盛り上がりを見せはじめていたころ。

いろり火の里の開発が進むとともに、議員としてのキャリアを積み続け、50歳のときにその人望の厚さから周囲の方から推薦されて町長選挙に出馬し町長に。

そこから16年「みかわの顔」として走り続け町を支え、2019年1月、三川町町長として6選目を果たす。

プライベートな部分ではソフトボールをしたり、ゴルフ・パークゴルフ・グラウンドゴルフという趣味である3つのゴルフを通じて、町でスポーツをしながら健康に過ごし、多くの方との交流を大事にしている。

町長お仕事とは?

町長の仕事としては主に、以下の5つがあります。

  • 町の代表として地域や近隣自治体の行事や式典、会議などへの参加
  • 国や県への要望活動(インフラ整備などの地域課題など)
  • 議会で予算案や条例案を提出
  • 決裁の承認
  • 町長室への来客対応 など

町の商工会や、町内会の懇親会、小・中学校の運動会やお祭りなど、行事に参加する機会も非常に多いです。

議会対応などでは、私の発言が町の総意となるので、常に緊張感や責任を持って行動をしております。

また町の施策に関しても、武家文化の鶴岡と商人気質の港文化の酒田の間にある三川町ということで、バランスをとりながら庄内・三川町としての施策を推進おります。

過去の経験から、自分がなんでもかんでもやるというよりも、大事な町民を活かせるような町長であることを意識してます。

三川町町長になるきっかけ

議員をやっている中で、「みかわ」はこのままでよいのかという思いに駆られました。

農業、子育て、福祉など、まだまだ手をつけるべきことや課題がたくさん。

その当時はまだイオンもなく、農業の高齢化も進んでおり後継者不足は今より深刻でした。

町としての魅力がなければ町民は町に住みたいと思わず、町としての存続自体も維持できない状況。

いろり火の里は完成したけれど、さらに末永くこの町を存続させたいと思っておりました。

自分はそういった立場になることは想像もしておりませんでしたが、

近くで支えてくれていた仲間が支援体制を整えてくれて、町長になったらどんなことが町にできるだろうと考えるように心境も変化。

その友人が同士を集め、当時の議員だった仲間の多くの方が協力をしてくれて、

町長は町を背負った責任のある立場として「町長の家族」として見られるということもあり、はじめは家族全員に反対されましたが、その思いを理解してもらい町長に立候補させて頂きました。

三川町はどんな町?

横川集落から見る鳥海山

「みかわ」は良いとこだらけです。

庄内平野を一望できる田園風景もさることながら、「鳥海山」と「月山」という2つの東北を代表する山を等距離で借景できるということ。

この田園風景から望む2つの山の景色は、横浜の三渓園、桜島を望む仙巌園と劣らないほどの絶景です。

川まちづくりの一環で河川堤防に100本桜の木を植えておりますが、3年後には桜が咲くという話も聞いております。

そんな桜を見ながら、この場所が桜満開に2つの山を見ることも楽しみです。

また、町としての面積も広すぎず、丁度良い大きさであると感じてます。

横山・東郷・押切の3つ地域コミュニティの自立意識が確立されているから、小学校が存続している。

町の誕生を遡ると、当時は東田川郡と西田川郡に分かれておりました。

昭和の合併が行われる中で昭和30年に、押切村・横山村、西田川郡東郷村の三村合併で三川村が誕生しました。

その後、昭和43年に町制施行により、現在の三川町になっております。

町はそうした歴史背景の中で、地域を愛する3つの地域住民を中心に成立している地域で、その3つの地域がそれぞれの自治を行う中で、集まったものを町としてます。

「みかわ」は素晴らしい町だと思っておりますが、これに満足してしまわずにさらに良い町を作っていきたいと考えております。

三川町のオススメはこれ!

山形県民は1人あたりのラーメンの消費量が全国1位!!

その中でも「みかわ」の人はラーメンと聞けば、どこへでも行ってみたいという人が集うラーメン好きが多い町です。

さくらんぼテレビの「やまがたラーメン道グランプリ」で1位になった、鶴岡の麺絆英さんも三川町の方が経営されているラーメン屋さんではありますが、町にもラーメン屋は11店舗ありそのどれもが個性的な店舗です。

その各店が私のオススメです。

《「みかわ」にあるラーメン屋11店舗》

  • ケンちゃんラーメン三川店
  • すとうラーメン
  • らーめん はらだ
  • らーめんいち
  • しゅんか食堂
  • とみや
  • 麺蔵
  • ラーメン ツバサ
  • 食事処いろり火
  • 柚子庵
  • マイデル

その他、町の加工品に関しても、丸喜製麺所の麺や、三川町産のお米で作られたお酒「穂のかおり」、今年発売されることが決まっている「イ号のお酒(名称仮)」など、町の特産品としてのお土産も徐々にできつつあること大変もうれしく思います。

今後の目標は?

これからは高齢化による人口減少をたどります。

そのため、自分の健康は自分で管理できる「自己責任」の意識を多くの町民の方にもって頂けることを目標にしてます。

町の施策にそのための施策を組み込んだり、スポーツ活動を町民の方に向けて発信をするようにしております。

実際、みかわスポーツクラブなどで、「スポレック」「ラージボール卓球クラブ」などのスポーツされている方は高齢でも若い方が多いです。

体を動かしていくことで、体の老廃物が外に出るので、汗をかくことは大事。

役場職員の方たちも残業せずに、仕事後などにどんどんスポーツと関わる機会を持ってほしいと思ってます。

また三川には27の町内会がありますが、昔ながらの農村社会なので、ゴミ出しの排出ルールなども様々だったり。

それぞれの自治体の運営に町民自身が主体的にルールづくりから取り組めれば、より良い町になると考えております。

そういった町の運営に関しても、「自己責任」の意識を浸透させれるようにしていきたいです。

町政はあくまで、きっかけづくり。

町としての施策はありますが、それらを活用をしつつ、27の町内会と押切・東郷・横山の3つのコミュニティが主体的に動いていくことで、より良い町にしていきたいと思ってります。

ご活動の宣伝をどうぞ!

伊藤
あ、ここからは、私がご紹介させて頂きます!
伊藤
今回、町長を講師としてお招きして、こちらのイベントを開催します。

その名も「学びBAR」!!

『学びBARは、地域の交流の場であり、学びの場(BAR)です。』

地域で気軽に集まれる場所ってあるようでなかったり、みかわを拠点とした対話や交流の場があったらいいなと考えておりました。

世代間・業種・地域のくくりを超えて、「学ぶこと」を起点に交流をすることで、そこに集まる人と「場づくり」をしていきたいと考える中でできたのが学びBARです。

町内在勤ないし、在住の方を対象としてますが、講師や講座内容に興味のある方、ぷらっと地域の方と交流を深めたい方などぜひご参加ください。(特に第一回はまだまだ地域のことを知らない移住者の方が大歓迎です!)

◆日時:4月26日(金)18:00時開場 18時30分開演

◆会場:田田研修センター(山形県東田川郡三川町横山堤172−1)
※なの花田田温泉と田田の宿の間にある施設です。

◆参加費:2000円を予定 (※参加者の人数による)

◆主催者:三川町地域おこし協力隊・伊藤秀和

◆お問い合わせ:mikawa.crcs@gmail.com(伊藤)※当日会場の運営をご協力頂ける方も随時募集中です!

ご参加方法:以下指定フォーマットあるいは、Facebookイベントページにて「参加する」ボタンを押してご連絡ください。

伊藤

締め切りは、22日月曜日!お気軽にどうぞ~

まとめ

町長ってどんな人からはじまった今回のミカワビト!!

お忙しいはずなのに、お話をお持ちした際、気軽に快諾頂きました。

取材を通じて、スポーツ好きな人であり、農業で育ってきた人であり、人に愛されて、町への愛が詰まった方だということが改めてわかりました!

町のことも三川町が今の3つの地域になった成り立ちから、当たり前にあるいろり火の里やイオンがないころの話も今では信じられないことばかり。

阿部誠さん、ありがとうございました!!

ABOUTこの記事をかいた人

都会での子育てに課題を感じて、家族を連れて三川町地域おこし協力隊として山形県・庄内地方に移住! 「人生思い出作り」をライフコンセプトとして、「書くこと」「話すこと」「場作り」事業で情報発信。 ・エフエム山形やまがた子育て応援ラジオ「SmileBox」パパパートナー ・酒田エフエム放送ハーバーラジオ(76.1Mhz)番組パーソナリティとして地域の魅力を発信中!