【お米の栽培農家】大瀧浩幹(おおたきひろき)さん~明治時代に三川町で育てられていた、幻のお米「イ号」復活プロジェクト~

こんにちは。
家族4人、山形暮らしをはじめました。伊藤 秀和(@hidecch999です。

「三川町って、どんな人が暮らしていてどういう思いをもって過ごしているのかな?」

そんな風に思ったことってありませんか?

本日は、三川町で活躍する人を取材させて頂き、人から語られる三川町を知ってもらうことで、もっと三川町のことを知ってもらう企画「ミカワビト」第一弾の記事になります!

こちらの「ミカワビト」の記事を通じて、三川町のことを知ってもらう機会になれば幸いです。

大瀧さんはどんな人?

1982生まれ。

2人の兄と1人の姉の下で四人兄弟の末っ子として三川町に生まれる。

高校卒業後、サラリーマンの工場勤務生活を12年を経て、現在農家5年目。

兄や姉がいるので、家業である農家を継ぐことはないと思っていたが、気が付けばサラリーマンから転身、農業を継いでいた。

先代から譲り受けた畑を使って、昨年はつや姫(山形97号)に惜しくも競り負けた、山形95号を育成し刈り取ったお米を使って、「穂の香り」という三川での初めての日本酒作りに携わる。

今年は、三川町で作られていた明治時代のお米「イ号」を蘇らせるため、全国で唯一この「イ号」を栽培をしている農家として、注目を集めている。

伊藤
おおー、あなたがイ号の大瀧さん!!はじめまして!!
大瀧さん
あ、はいー、そうですー。自分なんかで本当にいいんですかねー。育ててるだけで、インタビューとか苦手なんですけど。

めちゃめちゃ謙虚な方でした!!

そんな独特の親しみやすさをもつ、大瀧さん!!
ゆるーーーぐ、そして気さくにイ号や三川町の魅力について語ってくれました。

明治時代に三川町で育てられていた、幻のお米「イ号」とは?


「イ号」とは、当時三川町の猪子に住んでいた、「庄内三大民間育種家」である、佐藤弥太右エ門さんが明治末期に育成した品種です。

いもち病への耐性が強く、昭和初めの最盛期には県内や宮城県で約1万9000ヘクタールの作付けを行っておりました。

いもち耐病性に加え、良食味が普及につながったといいます。

普通の米よりヒゲが長いのが特徴です

左がイ号。右が通常の稲。

全然ヒゲの長さが違いますね!

また長も通常の米より長いので、稲を見ればすぐイ号だとわかります。

戦前に作付けを終えたイ号の本格的な栽培は約80年ぶりとされ、「幻の米」の復活とともに、地域の活力向上につなげる新たなブランドの創出に期待が募っています。

庄内では明治から昭和にかけ、庄内の稲作向上を目的にした研究農家による育種が盛んで、全国的に有名に。

佐藤弥太右エ門さんは、庄内町小出新田の阿部亀治さん、鶴岡市中野京田の工藤吉郎兵衛さんとともに、「庄内三大民間育種家」として知られておりました。

昨年から、佐藤弥太右エ門さんが育種したイ号の復活プロジェクトをスタートしました。

県の水田農業試験場(鶴岡市藤島)が保管している種50グラムを譲り受け、大瀧さんが栽培を担当し、昨秋に約5キロを収穫。

全量を種もみに今春、は種・育苗し、13日に本格的に水田15アールに植え付けました。

もうすぐ約700キロの収穫が見込まれるという。特別栽培で育てております。

伊藤
ヘーー!!稲刈り楽しみですね!!
大瀧さん
そうです!もうすぐ稲刈りどきです!!田植えの時は、新聞社さんに取材に来ていただいたのですが、今回稲刈りはフツーに刈ってしまっていいのやら。。。

マイペースな、大瀧さん。

ここはせっかくなので、大々的に宣伝したいですねー!!

今の仕事のやりがいは?

「作ったお米が美味しい!」と言ってくれて、続けて買ってくれるようになった時は嬉しいしやりがいです。

やっぱり生産者として、人に喜んでもらえるものを、たくさん作っていきたいです。

また、うちの田んぼでは有機栽培農家として、鴨を田んぼで育てて穂壤を豊にして、その鴨肉を商品化するなど有機の田からもの事業を行っております。

これからも、より安全なものを消費者に提供していきたいです。

大変だったことは?

ぶっちゃげると会社員の時の方が大変でしたね。(笑)

朝早く起きて出勤して、23、24時頃まで働いて、それだけで疲れてしまいますね。

自分が継承して農家をやってからの大変さとしては、手を抜くと自分にかえって来てしまうので、なかなか手を抜くことができないってことですかねー。

三川町はどんな町?

山がない自治体なので、雪崩や土砂災害も特になく、「のどかで平和で人がいい町」です。

三川町のオススメはコレ!

出典:http://mikawa-nanohana.net/tagged/item

コテコテな宣伝になりますが、三川町産のお米で作った初めてのお酒「穂のかおり」!!(笑)

やっぱりこれに限リます。

今後の目標は?


今年のイ号プロジェクトを成功させて、今後は作付け面積をもっともっと増やしてこのイ号を多くの人の手に渡るようにしていきたいです。

このまま天候不純による災害もなく、うまく行けば700キロ近いイ号が収穫できます。

そうして収穫できたお米を単にお米として食べるだけでなく、日本酒も作って、「明治時代のお米が復活!イ号のお米とお酒セット」みたいな形でふるさと納税で出せたら、最高ですね!!

もっと三川町の農家の特徴を尖らせていき、農家一本でも生計が立つような、強みのある農家の町にしていきたいと思ってます。

ご自身の活動の宣伝をどうぞ!

農協青年部では、農業を通じて、町の地域振興活動を行っております。

三川幼稚園の餅つき大会、横浜市立浦島小学校の田植え体験の手伝い、などなど、こうした活動に興味のある方はぜひ農協青年部へ!!

まとめ


「自分の持っている田んぼで作ったお米から、三川町を盛り上げる」

そんな気持ちの感じられる大瀧さんでした!!

イ号を使ったお酒の完成待ち遠しいですね!!

応援よろしくお願いします!!

(出典:http://www.shonai-nippo.co.jp/cgi/ad/day.cgi?p=2018:05:17:8532)

※追記(2018年9月14日)※ 各種メディアで報道されました。

荘内日報に取り上げられました。

山形新聞に取り上げられました。

朝日新聞に取り上げられました。

ABOUTこの記事をかいた人

都会での子育てで仕事に没頭しすぎて、ワンオペ育児になってしまったため、生活環境を変えて心機一転、脱サラ。現在は三川町地域おこし協力隊として、「ミカワビト」という担当地域で活躍している人の紹介記事をブログ上に執筆。他、SNS・ブログ・ラジオによる情報発信、イベント企画・運営、家族移住ブログ「家族4人、山形暮らしはじめました。」・通販サイト「めいぶつチョイス」三川町ページ運営中。